福島県葛尾村にて行われたアーティスト・イン・レジデンス「Katsurao Collective」にて制作。震災後の村に現れた“見えないけれど確かに存在する”象徴(放射線、電気、人の営み)をもとに、太陽光と原子力、それぞれを由来とする「電気の神様」を創作した。 古事記に記された神々の系譜を参照しながら、エネルギー、テクノロジー、そしてそれを取り巻く人々の態度の中に、「見えないものとの関係性」や「新たな精神的支柱」としての可能性を見出し、物語構造として組み上げた。 VR内に構築した神社は、電力とインターネットを通じてのみ参拝可能な場として設計されており、現代におけるテクノロジーと目に見えない力との関係を問い直す場でもある。​​​​​​​

Katsurao Collective Artist in Residence, Open Studio Day 27-29 Feb 2023

2011年の原発事故により全村避難を余儀なくされた福島県双葉郡葛尾村は、2022年に避難指示が解除され、住民たちが少しずつ帰還し始めていました。このプロジェクトでは、震災から10年という年月が過ぎた時であり、「失われたもの」ではなく、「震災を経て新たに現れたもの」に目を向ける視点の転換を試みたものです。京都という都市で育った私にとって、最寄り駅から車で40分以上かかる葛尾村の自然環境は、京都の禅寺などで見られる「人の手で整えられた自然」ではなく、どこか「人間に無関心で、ときに脅威となる」ような、かつて人が自然に対して抱いていた畏怖の感覚を呼び起こしました。

震災というパラダイムシフトを経て、葛尾村には新たな象徴的存在が現れました。ここでは、特に印象的だったふたつの存在を挙げます。

① 線量計 -「見えないけれど、いる」存在
原発事故の影響を受けた葛尾村では、村内の各所に線量計が設置されています。これは、目に見えない放射線の存在を数値として可視化するものであり、いまもこの地域に放射線が漂っていることを静かに伝えています(政府は、その数値を生活に支障のない範囲としています)。
しかし、村の人々はその数値を確認しながらも、日常を淡々と営んでいます。見えない存在を感じながら、共に暮らしてゆくその姿は、ただ恐れるのではなく「ともに在る」ことを選ぶ態度であり、どこか日本古来の神道における「神様」との共生に通じるものを感じさせます。

② 葛尾電力 - 自給する光と、共有する闇の時間
震災後、葛尾村では大型電力会社に依存しない、太陽光発電を主軸とした「葛尾電力」が設立されました。これは、地域の電力を自給自足で賄う、小さなコミュニティの自立した仕組みです。雪による配線トラブルで停電が発生することもあるようですが、「村全体が体験する停電」という暗闇の時間は、かつて神社を中心に営まれていた祭り文化が失われたこの村において、コミュニティが同じ時間を共有し、絆を再構築する契機となるかもれません。住民間の集合的な記憶の形成を促す役割にもなり得るのです。
太陽の光や雪の力といった自然と密接に結びついたこのエネルギーの仕組みがもたらす「恩恵」と、偶発的に訪れる「闇の共有」という構図は、かつての祭りが持つ人間と自然の関係に似ています。また、暗闇のなかに人々が集い、ふたたび光を迎えるという体験は、日本神話における「天の岩戸開き」のような、共同体の再生や再結束を象徴する物語とも重なります。


震災と技術の変化のなかで、葛尾村には「見えないけれど、確かにそこにある」線量や電気といった、人間が作り出した存在が浮かび上がってきました。しかし、私たち人間が自然の一部である以上、人間の生み出した技術やインフラもまた「八百万(やおよろず)の神々」の仲間になり得るのではないかと考えています。 このプロジェクトでは、震災をきっかけに注目された「放射線由来の電気」と、葛尾村で新たに生まれた「太陽光由来の電気」という二つの存在を「デンキノカミサマ」と名づけ、現代に現れた新たな神として迎え入れる試みを行いました。


方法:
日本の古事記を扱い、神道で語り継がれる神様たちを読み解き、系譜図を作成する。(下図参照)

古事記の神々の系譜は大きく「自然(宇宙、大気、空など)」→「人間と自然(人間が自然に介入する火や畑、用水路など)」→「人間(権力構造)」の段階に分けて捉えることが出来た。
この構造をもとに、今回葛尾村で感じられた「太陽光由来の電気の神」「原子力由来の電気の神」は、「人間と自然」が交わる領域から派生させることが可能ではないかと考えた。

具体的には天照大神(太陽神)の孫であるアメノホアカリ(太陽の光の神)と創作したクロヤネトコタチノヌシ(別名:ソラパネルノカミ)と婚姻関係を結ばせ、クニノヒムスイカヅチデンキノミコト(太陽光由来の電気の神)を誕生させた。
また、原子力由来の電気の神は原子力発電の仕組みを神話的に解釈した。カナヤマビメノカミ・カナヤマビコノカミ(鉱山の女神と男神)からクニミタマウランノカミ(ウラン、科学番号92番)を生み出し、クニノミナカヌシ(人工的に作られた中性子)と婚姻関係を結ばせる。ここから生まれたネツ(熱)という、神は、ケイスイロノヌシ(軽水炉)と婚姻を結び、その子供がジョウキ(蒸気)となり、タービンシナツビコナ(タービンによる風)と結婚し、クニノヒムスミカヅチデンキノミコト(原子力由来の電気の神)が生まれた。
*赤字は全て、今作品で創作した新しい神様の名前。「クニノ」とつくのは「人工の」という意味があるらしい。


今回のリサーチと創作を通して、多くの新たな「人間由来の神々」が生まれました。
なかでも主役となるのは、太陽光由来の《クニノヒムスイカヅチデンキノミコト》と、原子力由来の《クニノヒムスミカヅチデンキノミコト》という、ふたつの「デンキノカミサマ」。そして、それらの誕生を可能にする存在として不可欠だった、+と−を結びつける「中性子」を象徴する神、《クニノミナカヌシ》です。この三柱を中心神として、葛尾村を3Dスキャンしたデータを用いて構築したVRメタバース内に、新たな神社を建立し、祀りました。

この神社に参拝するには、インターネットと電気を通じてアクセスしなければならず、「電気の神様」にふさわしい、電力を媒介とする祈りの場となっています。福島・葛尾という、原発事故によって一時的に「地図から消えた村」に、このVR神社を通じて新たな神話的存在感を与えました。実際に訪れることが困難であっても、ここには確かに何かが“ある”。そんな「見えないけれど存在する場所」として、葛尾村を物語の舞台となりました。また、日本神話(古事記)の神々の系譜を参照しつつ、新たな神々の誕生プロセスを系譜図として可視化し、現代のテクノロジーと信仰の関係性を、物語的にも追体験できる構成としました。
*VR空間のデータはUSBメモリに保存されます。

↑ここまでが2023年に行った福島県でのアーティストインレジデンスの概要です。


そして、2024年にリターン制度を使い、この作品をブラッシュアップした。

前回VR空間のデータをUSBスティックに保存していたものを、小型モニターを通じて鑑賞できるよう設計した。それら一連のシステムは、ごく一般的な電気ボックスに収められ、日常で見かける神棚のようにした。
また付属品として、蛇腹式の小冊子『デンキノカミサマ』を制作。そこには、創作した電気の神々の神話とともに、5名の“識者”が登場する。彼らはカタカナ学、地域社会学、自然哲学、電気工学、占いといった異なる視点から「デンキノカミサマ」について語っているように見える。しかし実際には、これらの識者は実在しない。2024年にChatGPTが社会に広く浸透したことを受け、私自身がAIと協働し、それぞれの“識者”を仮構し、異なる視点から自らの語りを分身化させたものである。
生成AIによって作られた彼らの顔写真は一見本物のようで、語る内容ももっともらしい。しかしどこか現実からズレており、検索しても実在の人物には辿り着けない。そうして彼らは、存在しているようで存在しない、新たな神話的存在=「伝説的な識者」として、作品世界の一部となっている。

このテキストの執筆がAIと人間の共同作業であることに気づく観客は、おおよそ半々であった。信仰とフィクション、現実と生成、テクノロジーと神話ー「いるようで、いない。いないようで、いる。」が交差するこの構造そのものが、「デンキノカミサマ」の本質でもある。

*「デンキノカミサマ」小冊子はこちらからご覧いただけます → [リンク]
電柱鳥居
電柱鳥居
チュウセイシノカミ
チュウセイシノカミ
葛尾村の電柱
葛尾村の電柱
クニノヒムスイカヅチデンキノカミ
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アゼリア前の石碑
アゼリア前の石碑
ワールド作成中
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葛尾村キャラクター しみちゃん
葛尾村キャラクター しみちゃん
葛尾村キャラクター しみちゃん
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Katsurao Collective Air Open Studio
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genealogy (family) tree
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参拝中
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渋谷ヒカリエ8 2023年8月5日−8月17日
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葛尾村復興交流館あぜりあ 2024年1月
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デンキノカミサマ小冊子
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デンキノカミサマ小冊子
デンキノカミサマ小冊子
デンキノカミサマ小冊子(英語)
デンキノカミサマ小冊子(英語)
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デンキノカミサマ小冊子(英語)
デンキノカミサマ小冊子(日本語)
デンキノカミサマ小冊子(日本語)
デンキノカミサマ小冊子(日本語)
デンキノカミサマ小冊子(日本語)
 「デンキノカミサマ」小冊子全文はこちらのリンクでお読みいただけます。

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